神戸市会議員 うらがみ忠文 携帯ブログ

神戸市会議員“世界一元気”な市会議員、浦上忠文。
『神戸から世界を変えます!』
「選挙は、誰でも出れる!」

そして、誰でもが一票・・・。

こんないい仕組みはない・・・。

大声で絶叫されました!

 

今日、西宮市長選挙、石井登志郎候補出陣式での、明石

市長泉房穂さんの応援演説です。

 

泉さんは、神戸市会でも話題になる市長さんです。

弁護士さんで、元・衆議院議員です。

 

絶対無理と言われた明石市長選挙に奇跡的に勝利されて、

中学生まで医療費無料、第二子から保育料無料という、

子育てに力を入れた政策で、日本中で珍しく、赤ちゃん

2年連続増えています。

人口も増えています。

 

どうやら明石市に接している神戸市西部から明石市に人

口の流入があるのではないかと噂されています(笑)

 

やさしいまち、子育てしやすいまちがモットーで、住み

たい、住み続けたいまちの実現に向かっておられる54歳

のおっちゃんです。

 

旧知の方ですが、今日、底抜けの笑顔と共に頂いた名刺

は三つ折りで、情報てんこ盛り!

そのひとつに、「明石たこ検定初代達人」と、ありまし

た。

世の中は、面白い人で満ち溢れています!

 

 

 

| ぶんちゃん | - | 20:54 | comments(0) | trackbacks(0) | -
「うらがみ新聞」裏面、その2。

裏面には、代表質問のふたつめも書いてあります。地元

ネタです。

 

■イノシシの被害が、神戸市は全国一だそうです。GPS

(位置測定システム)を活用して、イノシシの行動を調べ、

有効な対策が出来ないでしょうか。

 

★岡口副市長の答弁

イノシシの被害は、たいへん深刻なものである。本市では、

イノシシ条例で餌付けの禁止と共に、猟友会の協力のもと

に、捕獲にも取り組んでいる。

 

GPSでの調査は県が行ったことがあるが、決定的な有効

策にならない。山からのイノシシの進入路はハイキングコ

ースが多く、わなの設置が難しい。

防護柵を設置しても、大回りしてやってくる。

 

効果的な方法について、専門家と調査研究を進めている。

当面は、餌付けの禁止と有害個体の捕獲に全力を尽くして

いきたい。

 

ここまでは、パソコン文字ですが、裏面の最後は、私の万

年筆で、

「ケネディー大統領の演説を、市長は英語で話されました。

議場が沸きました!」と、添えてあります。

始めは「茶目っ気のある市長です!」としていたのですが、

やっぱ、品よくいかんとね(笑)

 

| ぶんちゃん | - | 17:20 | comments(0) | trackbacks(0) | -
「うらがみ新聞」裏面。

裏面は、大きく「議会報告」と書かれています。

春の本会議。私の代表質問の要旨です。

 

■本年度の予算案で、市長は、次の六つの柱を提案され

た。

・輝く子どもたちの未来を創る ・健康安全を守る 

・街と地域を創る ・神戸経済を伸ばす ・陸海空の拠

点を創る ・市政改革を進める、であります。

 

中身は豊かで、このひとつひとつが本当に実行できたら、

素晴らしい神戸になることでしょう。

そのためには、市民の協力が欠かせないのではないか。

 

「六つの柱」実現のために「市民ひとりひとりに期待す

ること!」を市民に語りかけてはいかがでしょうか。

 

★久元市長の答弁

浦上議員のお話を、さっきから聞いておりまして思い起

こすのは、ケネディー大統領の有名な就任演説ですね。

「国が何をしてくれるのかを問うのではなく、あなたが

国のために何を成すことが出来るのかを問うて欲しい」

 

私はケネディー大統領ではありませんので、そこまで市

民の皆さんに語りかける勇気はありません。

 

市政のために何かをやって頂きたいというよりは、市民

の皆さんひとりひとりが、隣人たちのために、地域社会

のために、そして何か、人々のために何かをやって頂き

たい、という気持ちを持ちます。

| ぶんちゃん | - | 20:12 | comments(0) | trackbacks(0) | -
「うらがみ新聞」おもて面の文章!

2018年春夏号は、学校が表に出る新聞です。

題字左の、おなじみの俳句は「担任とお別れハイク春の

山」というものです。

 

大きな題字は、「喜んで登校 満足して下校」です。

 

本文は、

題字の言葉は、この春、訪問した小学校で、校長先生か

らお伺いしたモットーです。

いいなあ、胸が熱くなりました。

まいりました。

こんな短くて、物事の本質を明るく爽やかに表した言葉

をほかに経験したことがありません。

世界中の学校が、こうありたいものです。

どんな組織でも企業でも、こういうことで行きたいもの

です。

 

学校に行く。

勉強して、友だちとけんかして、先生に叱られて、それで

仲直りして、給食当番でバケツをこぼす失敗をしてクラス

中に笑われて、これから気を付けようと思って、友だちに

励まされて下校する。

また、次の日、勉強して新しいことを知る。父さんや母さ

んのありがたみに気づく。

いつの時代でも、学校は社会の創造主。

校長先生と、熱い熱い大握手を交わします!

 

 

| ぶんちゃん | - | 21:14 | comments(0) | trackbacks(0) | -
49年前の大丸入社式。

二日前のブログで、大丸の入社式のことを書きました。

どこで、どういう流れでやったことやら・・・。

 

今晩、49年前の同期入社同窓会が行われました。

昭和44年入社なので、同期会の名前を「四四会」=し

しかいと名付けています。毎年4月4日に集まります。

 

50名入社して、5名が亡くなり、行方不明が5名。

40名の内、15名が参加でした。

ちょい寂しいです(笑)

 

全員の記憶を結集すると、入社式は大丸心斎橋店本館

の社長室で行われたようです。社長の話の記憶は全員

ゼロです。

会長あいさつの中で、「おい、前田君」と関学体育会

本部の役員をしていた前田君の名前が呼ばれたことは、

指摘した男と、本人が覚えていました。

学生運動盛んな時に、関学で学生運動を阻止した前田

君を会長は褒めたというようなことでした。

 

高槻の研修所から本社までは貸し切りバスで行き、帰

ってから研修所玄関前の階段で記念撮影したことは、

全員が覚えていました。

その後、研修所食堂で、人事部主催の「飲み放題お祝

い会」があったことは、私しか覚えていませんでした。

 

ほんまに、飲んでんけどなあ(笑)

| ぶんちゃん | - | 21:28 | comments(0) | trackbacks(0) | -
人生でいちばん長い日、続きの3回目。

思えば、「人生で一番長い日」を書き始めて3日目になりま

すが、書き始めて、これを自分で満足のいくように書き上げ

ようと思えば、あとひと月はかかるやろなあと、今日、感じ

ました(笑)

 

それぐらい印象深い一日でした。

この午後「はと」に乗るまでの、幼児期から憧れていた特急

列車についてのすべての時間が、この8時間に集約されている

のでした。

 

昭和21年、岡山県吉備郡足守町に生まれました。

父の生まれたまちです。2万五千石の陣屋町。木下藩です。

木下というのは、木下藤吉郎と関係のある、木下です。です

から豊臣秀吉と関係のある「ねね」という人の位牌が、わが

父母のお墓がある大光寺というお寺にあります。

 

父の故郷に疎開をして、私は生まれたのでした。

父は、大阪毎日新聞というところに勤めていました。私は、母

に連れられて、吉備線の足守駅まで歩いて一時間。吉備線で、

岡山まで1時間。山陽線で大阪まで4時間。

母は、米を背中に担いでいました。

 

2歳ごろからそういう旅をして、旅というもんがどんなに厳しい

ものかを知りました。

昭和23年、1948年頃のことです。70年前です(笑)

その旅のお陰で、蒸気機関車がいかに水が必要か、進駐軍特別列

車がいかに優遇されているかというようなことを知りました。

 

| ぶんちゃん | - | 20:24 | comments(0) | trackbacks(0) | -
入社式!

ここ3日間、今から64年前に西宮から東京に行った日

のことをブログで書いてきましたが、今日は小休止です。

 

4月の始めは、やっぱり入社式でしょう。

1969年4月1日。今から49年前。

大丸という百貨店に入社しました。

前日、3月31日の夕方までに、大阪府高槻の研修所に来

られたしというお達しを頂いておりました。

 

JR高槻駅から15分ほど北に歩くエリアにありました。

研修所では、ふたり一部屋で、20日間研修をうけること

になっていました。

 

その日、友達になった相部屋の相方は、天衣無縫の男で

ありました。北海道出身。

東京芸術大学卒のデザイナーでした。

無類のウイスキー好き。31日の晩は、ふたりで大宴会。

 

でっ、2日酔いだったせいか、どうだか、入社式が高槻の

研修所であったのか、心斎橋にあった大丸本社で行われた

のか記憶が定まりません。

 

ただ、記憶に鮮明なことは、相部屋相方の、堂々とした

企業、社会批判でありました。

「面白いなあ、こんな人を採用する大丸は、ほんまに心の

深い会社やなあ」と、感動した入社前夜でありました!

 

 

| ぶんちゃん | - | 20:54 | comments(0) | trackbacks(0) | -
人生で一番長い日、続き!

10番線に「はと」が入ってきます。

磨き上げられた車体です。子どもの目にも解ります。

特別二等の入り口には、しゃれた帽子をかぶった「はと

ガール」が、にっこり笑顔です。

 

三等車でも、進行方向に向かって整然とした座席です。

前の座席の背中にボタンがあり、押すと小さなテーブル

がて来ました。

 

ホームで、「文ちゃん」「文ちゃん」と呼ぶ声がします。

兄と、「文ちゃん言うとるけど、わしと同じ名前の人が

おるもんやなあ」と、笑っていました。

 

「文ちゃん、文ちゃん」と叫んでいたひとが、ついに私

を見つけました。

京都大学に行っていた従兄でした。

こんなことを言われました。

「もうすぐ、この汽車出るけど、東京に行ったらお父さん

やお母さんによろしくな!」

 

その従兄は、京都大学に行っていますが、家は東京の杉並

区荻窪というところにあるのでした。

その日、なんで大阪駅にやって来て、私を励ましたのか、

まったくもってわかりません(笑)

 

まったくもって、世の中は、不思議なことの連続です!

 

 

| ぶんちゃん | - | 21:20 | comments(0) | trackbacks(0) | -
人生でいちばん長い日。

昨日のブログ。

西宮から東京に行った日のことです。

私は西宮市立大社小学校の一年生を終了。兄は卒業でし

た。神垣町というところに住んでいました。

 

その日、母は焼きおにぎりを作って、それは「早昼」の

予定でしたが、近所の方が「カレーの缶詰」というもの

を持って来て下さり、それが「早昼」になり、焼きおに

ぎりは、「はと」の食事になりました。

 

当時「はと」と「つばめ」に乗ることは少年の夢の夢で

ありました。なんせ、全席指定!

荷物室付三等車、三等車、三等車、三等車、特別二等車、

特別二等車、食堂車、特別二等車、特別二等車、特別二

等車、一等展望車という編成です。

大阪から名古屋までは、C62という最高級の蒸気機関

車、名古屋からはEF58という流線型の電気機関車で

あります。

 

特別二等は、リクラニングシート。運賃は3等の倍です。

一等展望車は、ソファです。運賃は、3等の4倍!

 

神垣町の家を11時に出発。国鉄西宮駅まで、歩いて20

分です。西宮から大阪まで、20分。

12時前に大阪駅について、兄が駅員さんに尋ねます。

「はと」は何番線ですか?

「はとに乗るの?10番線です!」

 

続く(笑)

| ぶんちゃん | - | 18:46 | comments(0) | trackbacks(0) | -
64年前に東京に行った日!

昭和29年の今日のことです。

父親の転勤に合わせて、西宮から東京に行くことになり

ました。

 

家族は父母、姉、兄ふたり。みんなバラバラで上京です。

5歳上の兄と、大阪駅12時半発の、特急「はと」に乗

りました。東京着は8時半です。

停車駅は、京都、米原、名古屋、豊橋、静岡、熱海、横

浜です。

一日に二本しかない特別急行列車です。

もう一本は、9時発で5時に着く「つばめ」です。

 

浜松を過ぎたあたりで、夕焼けに輝く小さな富士山を見

ました。

優しい兄の配慮で、窓際に座っていた私は「ああ、富士

山」と叫びました。兄が顔を寄せました。

絵本や写真で見ていた富士山を、生まれて初めて見た、

その瞬間の印象は、一生の思い出です。

 

熱海駅では、造花の桜が、いっぱい飾られていました。

東京に近づいて、私は寝ていたのですが、新橋を超える

あたりで兄が起こしてくれました。

銀座の地球の姿をした「森永」の広告を見ました。

こんな明るい街があるのかと、胸が躍りました。

 

初めての東京です。

これが東京なんや。とにかく東京や。

ついに、東京に来たんや!

| ぶんちゃん | - | 22:49 | comments(0) | trackbacks(0) | -
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